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羊羹逸話

羮(あつもの)は五味のスープ

スープである羹

 古いことわざの“羹にこりて膾(なます)を吹く”は羹を羊羹のようなものと考える方には不思議なことばに思われるはずです。
 すなわち熱いものの代表にたとえられた羹の一種である羊羹は今日では全く違ったものとなっているからです。この昔の羹は平安時代遣唐使により中国から日本に伝わったとされていましたが、日本史の最も古い書物とされる古事記にも、大御羹として記されており、既に奈良朝以前に羹がわが国に伝わったことが判明しています。中国の辞書では今も羹を五味のスープとして表わしていますが、日本では一般に羹は羊羹のイメージが強く、このことわざの説得力が若干弱いようにも感じられます。それほど羊羹はわが国の代表的な食品・菓子として定着しているのかもしれません。
 スープである羹が今の羊羹のような形となった時期は明確ではありませんが、このような一種の技術革新は日本人の最も得意とするところでありましょう。
 わが国における羊羹の改良はその時代におけるハイテクの産物とも考えられます。
 このようなさまざまの想いをめぐらしながらこのことわざを聞くとき、古代人がたいへんな御馳走である羹を息を吹きかけながら満足気に味わうさまが、まのあたりに浮かんでくるようです。

 

二千年前の羊羹

吉野ヶ里で発見された巴型銅器鋳型片の復元図

 吉野ヶ里遺跡の発見により古代史ブームがおこりました。
 二千年前の歴史から目ざめた弥生の壮大なロマンです。
 国内最大の環濠集落や物見やぐら跡、数々の謎を解くであろう貴重な発見は、古代史ファンならずとも興味のわくところでした。
 ちょうど吉野ヶ里遺跡の時代と思われる古代西暦前二世紀から約二、三百年の間の中国の書物には、羊の肉を煮こんだスープである羊羹が登場します。例えば「戦国策」の“中山君”の項には中央官庁の役人である司馬子期が羊羹のごちそうを受けられなかったことを怒って中山君を討伐し、羊羹一杯で国が滅びた逸話が残されています。
 また司馬遷「史記」には古代の宋の将軍であった華元が、羊羹を鄭軍の御者に与えなかったため、その怨みによって攻められ敗走したとあります。このようにこの時代すでに羊羹が国を動かすほどの重要な食物であったと推そくされます。
 時代は流れ、羊羹の形態は変わっても、長い歴史でつちかわれた羊羹への想いは今もかわることはありません。

 

松本清張との出会い

 松本清張氏から全国銘産菓子工業協同組合の機関誌『あじさい』の巻頭言の原稿を受け取ったのは、平成三年の早春のことでありました。その半年ほど前にお願いしたものの、このように簡単に書いていただけるとは夢想だにせずにおりましたので、本当にありがたく思ったものです。
 平成三年五月には御礼に東京・浜田山のご自宅にうかがいました。まず奥様が、笑みを満面にたたえ、あいさつに出られました。奥様の松本ナヲ様は佐賀県神埼郡西郷村(現神埼郡神埼町)のご出身で、その西郷村から氏の処女作『西郷札』が生まれたとの説もあるほどで、ご夫婦は一体となって生きてこられた感がありました。
 松本清張氏ご自身も予想以上に優しく思いやりのある方で、二時間あまりの時間のうちにさまざまの示唆に富むお話を承りました。緊張してあまり言葉が出ない状況でしたが、次から次に羊羹に関する話題を投げかけられました。
 なによりも感激したのは、尋常小学校高等部十四歳の大正十二年、小倉の市場で生まれてはじめて買って食べた羊羹が、当時の村岡本店の二十銭の、朝日マークのデザインのものであったことを鮮明に覚えておられたことでした。ご自身も昭和二十六年の全国観光ポスターコンクールで入賞されたほど、デザイナーと小説家、いずれの才能ももちあわせておられたのですから、大正末期当時の、盛んにそのデザインが盗用されるほど評判をとった羊羹を覚えておられるのは当たり前のことではありました。
 そして翌々月にはご夫婦にて私ども夫婦を招待いただき、夕べの宴を催していただきました。その料亭でイギリスのチャールズ皇太子ご夫妻が数日前に来られたときと同様の筝曲の演奏まで用意していただき、得意の写真をさかんに撮りながらのもてなしをいただきました。そのあくなき好奇心と探究心は若さそのものであり、さらなる活躍をなさるものと期待をしていたのですが、残念ながら、このときが二度目にして最後の出逢いとなりました。
 昨今は和菓子の世界もさまざまに紹介され、日本の伝統的食文化として大切なものとされはじめましたが、本来、極めて地道な仕事であり、その今後についても厳しい面が多々あることが予想されています。
 このようなときに松本清張氏が数々の示唆に富む文章や励ましの言葉を私どもに与えてくださったことは干天の慈雨ともいうべき恵みであり、私どもの今後の大いなる糧として、そして道しるべとしていきたいと念じております。
 おそらく最後の作であるといわれる俳句も私どもに与えられ、さらに心強い励ましとなりました。
 羹のかぐはし甘き肥前小城

『トップが綴るわが一期一会』村岡安廣 PHP研究所刊より転載

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